高校時代に「野球と水泳の二刀流」として大きな注目を集めた光永翔音(みつなが しょうおん)選手。
日大豊山高校では、水泳で全国トップクラスの成績を残しながら、野球でも4番打者として活躍するという異例の高校生活を送っていました。
そんな光永翔音選手について、
「現在は何をしているの?」
「野球はもうやめた?」
「大学はどこへ進学した?」
と気になっている方も多いのではないでしょうか。
高校卒業後は中央大学へ進学し、現在は競泳に専念しています。
そして2026年9月には、アジア大会の男子100mバタフライで50秒56の日本新記録を樹立し、金メダルを獲得しました。
かつて「水泳と野球の二刀流」として紹介されていた少年が、現在は日本競泳界を代表する選手へと成長しているんですね!
この記事では、
- 光永翔音選手の現在
- 野球との二刀流をやめた理由
- 中央大学進学後の成績
- 2026年に樹立した100mバタフライ日本新記録
- ドーピング規則違反と資格停止について
- 今後のオリンピック出場への期待
などについて、詳しく紹介していきます。
身長や中学時代までの経歴、野球と水泳の二刀流を始めた経緯、両親・兄弟については、こちらの記事で詳しく紹介しています。
光永翔音の現在は?中央大学で競泳に専念!
高校時代まで「水泳と野球の二刀流」として活躍していた光永翔音選手。
2026年9月現在は中央大学商学部の3年生で、水泳部に所属しています。
高校時代まで続けていた野球との二刀流ではなく、現在は競泳一本に専念しています。
光永選手は2005年6月28日生まれなので、2026年9月現在は21歳。
身長191cmという恵まれた体格を生かし、主にバタフライを中心に日本トップクラスの選手として活躍しています。
高校時代を知っている方からすると、
「あの二刀流の高校生が、今では日本代表になっているの?」
と驚いてしまいますよね。
実際、その成長ぶりはすさまじく、2026年には日本選手権で優勝するだけでなく、日本代表として国際大会にも出場。
そして9月のアジア大会では、ついに男子100mバタフライの日本記録を塗り替えました。
日大豊山高校から中央大学へ進学
光永翔音選手は、日大豊山高校を卒業後、2024年に中央大学へ進学しました。
中央大学水泳部は、これまで数多くのトップスイマーを輩出してきた強豪です。
光永選手は中央大学でも着実に実力を伸ばし、2026年9月現在は商学部3年生として競技を続けています。
高校時代は水泳と野球の練習を両立させなければなりませんでしたが、大学では競泳に集中できる環境となりました。
その後の成績を見ると、大学進学後にさらに大きく飛躍していることが分かります。
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光永翔音はなぜ野球との二刀流をやめた?
光永翔音選手といえば、やはり気になるのが、
「なぜ野球との二刀流をやめたの?」
という点ですよね。
高校時代の光永選手は、どちらかを趣味程度に続けていたわけではありません。
野球も水泳も全国レベル。
そのため、高校卒業後にどちらの道へ進むのか注目されていました。
高校時代は水泳部と野球部を掛け持ち
日大豊山高校時代の光永選手は、水泳部と野球部の両方に所属していました。
もともと水泳は幼い頃から続けており、野球も小学1年生からスタート。
小学6年生では千葉ロッテマリーンズジュニアに選出され、中学では強豪・京葉ボーイズで3番打者を任されました。
高校進学時にも「どちらか一方」に絞ることはせず、野球と水泳の両立を受け入れてくれた日大豊山高校へ進学。
高校入学当初は、
- 朝:水泳の練習
- 放課後:主に野球の練習
という非常にハードな生活を送っていました。
高校入学前には「2つやってもいいんだという第一人者になりたい」という趣旨の目標も語っており、本気で二刀流に挑戦していたことが分かります。
水泳ではインターハイ3冠を達成
二刀流生活の中でも、光永選手は水泳で素晴らしい成績を残しています。
高校1年時には50mバタフライで日本選手権に出場。
インターハイでは100mバタフライで2位となり、4×100mリレー、4×100mメドレーリレーで優勝しました。
そして高校2年時には、
- 100mバタフライ
- 4×100mリレー
- 4×100mメドレーリレー
で優勝し、インターハイ3冠を達成。
野球部の練習も続けながら、この成績を残しているのですから驚きですね。
野球では日大豊山の4番打者として活躍
水泳だけでなく、野球でも高校3年時には日大豊山の4番打者を任されるまでに成長しました。
2023年夏の東東京大会では、日大豊山が関東一高を破るなど躍進。
光永選手も190cmを超える大型打者としてチームを支え、日大豊山はベスト8まで勝ち進みました。
つまり、
「水泳では全国トップクラス、野球では強豪校の4番」
という、まさに異例の二刀流だったわけですね。
高校卒業後は競泳で世界を目指す道へ
そんな光永選手ですが、高校卒業後は二刀流を続けず、競泳の道を選択しました。
幼い頃から続けてきた野球を離れ、競泳一本に絞ることは大きな決断だったことでしょう。
ただ、高校時代の時点ですでに競泳では全国トップレベルに到達していました。
そして中央大学へ進学後は競泳に専念。
その後、日本選手権優勝、日本代表、そして日本新記録へとつながっていくことになります。
高校時代に二刀流で培った経験も、現在の光永選手につながっているのかもしれませんね。
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光永翔音の中央大学進学後の成績は?
中央大学へ進学し、競泳に専念するようになった光永翔音選手。
大学進学後はさらに記録を伸ばし、2026年には一気に日本トップクラスへと駆け上がっています。
2026年3月の日本選手権で50m・100mバタフライ2冠
2026年3月に行われた日本選手権水泳競技大会では、
- 男子50mバタフライ:優勝
- 男子100mバタフライ:優勝
と、バタフライ2種目を制覇。
日本選手権2冠を達成しました。
高校時代から将来を期待されていた選手でしたが、シニアの日本選手権でも頂点に立つまでに成長したんですね。
2026年6月には50mバタフライで連覇
さらに2026年6月に行われた日本選手権では、男子50mバタフライで優勝。
前回大会に続く同種目連覇を達成しました。
2026年は、光永選手にとって大きな飛躍の年になっていることが分かります。
パンパシフィック水泳選手権で日本代表に
2026年8月には、アメリカ・アーバインで行われたパンパシフィック水泳選手権2026に日本代表として出場。
光永選手は男子4×100mフリーリレーのメンバーとして出場し、日本は銅メダルを獲得しました。
かつて「水泳で五輪、野球で甲子園」を目標に二刀流へ挑戦していた光永選手。
大学3年生となった2026年には、ついに日本代表として国際舞台でメダルを獲得する選手にまで成長しています。
インカレではリレー2種目で優勝
2026年9月の日本学生選手権(インカレ)でも、中央大学のメンバーとして活躍しています。
中央大学は、
- 男子4×100mフリーリレー
- 男子4×100mメドレーリレー
で優勝。
光永選手は両方の決勝メンバーに名を連ねました。
そして、その約2週間後。
光永選手は自身の競泳人生における大きな記録を打ち立てます。
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光永翔音が100mバタフライで日本新記録!
2026年9月23日、東京アクアティクスセンターで行われた愛知・名古屋アジア大会の男子100mバタフライ決勝。
光永翔音選手は、
50秒56の日本新記録!
アジア大会 金メダル
という素晴らしい結果を残しました。
それまでの日本記録は、水沼尚輝選手が2022年に記録した50秒81。
光永選手は、その記録を0秒25更新したことになります。
50秒56で4年ぶりに日本記録を更新
決勝では外側の1レーンからスタートした光永選手。
最初の50mを23秒79の2番手で折り返すと、後半もスピードを維持し、そのままトップでゴールしました。
タイムは50秒56。
自身のベストタイムを更新すると同時に、4年間破られていなかった男子100mバタフライの日本記録を塗り替えました。
高校時代には「二刀流選手」として注目されていた光永選手が、わずか数年後に日本記録保持者になるとは、本当にすごい成長ですよね。
日本新記録でアジア大会金メダル
しかも、日本記録を更新しただけではありません。
アジア大会という国際舞台で金メダルを獲得しました。
光永選手はレース後、タイムを出せた自分を評価するとともに、会場から聞こえた友人や家族、親戚からの声援についても語っています。
高校時代から二刀流への挑戦を続けてきた光永選手にとって、日本新記録と金メダルという大きな結果になりました。
50mバタフライでも銀メダル
100mバタフライで日本新記録を樹立した翌日の9月24日には、男子50mバタフライ決勝にも出場。
23秒06をマークし、銀メダルを獲得しました。
100mでは金メダル、50mでも銀メダル。
光永選手が日本を代表するバタフライ選手になったことを強く印象づける大会となりました。
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光永翔音のドーピング規則違反とは?
光永翔音選手について検索すると、2026年に発表されたドーピング規則違反について目にした方もいるかもしれません。
この件については、日本アンチ・ドーピング規律パネルから正式な決定が公表されています。
誤解されやすい内容でもあるため、経緯を整理しておきましょう。
ツロブテロール検出で4カ月の資格停止
2025年9月4日に行われた競技会検査で、光永選手から禁止物質であるツロブテロールが検出されました。
日本アンチ・ドーピング規律パネルはアンチ・ドーピング規程違反を認定。
光永選手には2025年11月5日から4カ月間の資格停止が科されました。
また、検体が採取された2025年9月4日から暫定的資格停止期間開始までに獲得した個人成績についても失効しています。
治療のため処方された薬に禁止物質が含まれていた
一方、この件については禁止物質が検出されるまでの経緯も重要です。
公表された決定文によると、光永選手は体調不良のため医療機関を受診。
その際、ドーピング検査で禁止されている成分を含まない薬を希望していることを医師側へ伝えていたことが認定されています。
しかし、実際に処方された薬にはツロブテロールが含まれていました。
その薬を使用した結果、検査で禁止物質が検出されたとされています。
ただし、選手自身にも処方薬の成分を確認する責任があり、その確認が十分ではなかったことなどを踏まえ、資格停止期間が決定されました。
この件については、単に「禁止物質が検出された」という事実だけでなく、治療のために処方された薬を使用するまでの経緯も含めて確認する必要があります。
資格停止終了後に競技へ復帰
4カ月間の資格停止期間は2026年3月に終了しています。
その後、光永選手は競技へ復帰。
- 日本選手権50m・100mバタフライ優勝
- パンパシフィック水泳選手権日本代表
- アジア大会100mバタフライ金メダル
- 100mバタフライ日本新記録
などの結果を残しています。
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光永翔音はオリンピックに出場する?今後にも注目
日本新記録を樹立したことで、今後さらに注目されそうなのがオリンピックへの挑戦です。
光永選手は高校時代から世界を目指す目標を掲げていました。
そして現在は、男子100mバタフライで50秒56の日本記録保持者となっています。
ただし、オリンピックの日本代表になるためには、今後の代表選考大会などで条件を満たす必要があります。
そのため、現時点でオリンピック出場が決まっているわけではありません。
それでも、高校時代に掲げていた「世界」への目標へ大きく近づいているのは確かでしょう。
高校生の頃には、
「野球で甲子園、水泳で五輪」
という大きな目標を掲げて二刀流へ挑戦。
野球で甲子園出場は実現しませんでしたが、その後競泳一本に専念し、日本記録を樹立するところまで成長しました。
次は世界の舞台でどのような泳ぎを見せてくれるのか、今後の活躍にも注目していきたいと思います。
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まとめ
今回は、「光永翔音の現在は?野球との二刀流をやめた理由や中央大学・日本新記録まで調査!」と題して、光永翔音選手のその後について紹介しました。
高校時代には日大豊山高校で水泳部と野球部を掛け持ちし、水泳ではインターハイ3冠、野球では4番打者として東東京大会ベスト8まで進出。
高校卒業後は中央大学へ進学し、現在は競泳一本に専念しています。
そして2026年には日本選手権で優勝し、日本代表としてパンパシフィック水泳選手権やアジア大会に出場。
2026年9月23日のアジア大会では、男子100mバタフライを50秒56の日本新記録で制し、金メダルを獲得しました。
「野球と水泳の二刀流」で注目された高校生から、今では男子100mバタフライの日本記録保持者へ。
当時から光永選手を知っている方にとっては、その成長ぶりに驚かされますよね。
今後は日本代表として世界の舞台でどこまで記録を伸ばしていくのか、引き続き注目していきたいと思います。
身長や出身中学、水泳・野球を始めたきっかけ、両親や兄弟などについては、こちらの記事で詳しくまとめています。
